「ドイツにはヒトラーという名前のドイツ人がたくさんいるの?」
ドイツ人の名前は世界的にもけっこう知られているけど、戦後のドイツ人の政治家、スポーツ選手などの有名人にはヒトラー、ゲッベルスという名前の人がいない。僕がナチスドイツに詳しいことを知っているので、ドイツにあまり興味がなくてドイツに詳しくない知人と雑談していると、「ドイツにはヒトラーという名前の人はたくさんいるの?」などと質問されたことが何回かある
ドイツでは、ヒトラーやゲッベルスというナチス党幹部のイメージがある名前は変更することができる
これについて、僕のドイツ人友達で弁護士をしていて東北大学法学部准教授だったSがこのような説明をしていた。(Sは本当はファーストネームのイニシャルがTなのだが、私のファーストネームもイニシャルがTで同じなので家族名のSを使うことにする)。
「ドイツでは、戦後、ヒトラー、ゲッベルスのような“不愉快な家族名を持つ家族は、家族内で合意すれば名前を変えることが出来るという法律が出来た。また、この法律はナチスドイツ時代にアドルフ、ヨーゼフ(ゲッベルスのファースト名)などのファースト名を付けてしまった人に対しても変えてもいいと適用された。だから、ドイツでは今はヒトラー、ゲッベルスという名前の家族はまずいない。もし、こういう法律があるのにヒトラーという名前を名乗っている家族は“確信犯”のネオナチの可能性が高いので、周りから相手にされない」
この彼の説明で、今のドイツにはヒトラー、ゲッベルスという名前のドイツ人がいない理由がわかったのだった。また、アドルフ、ヨーゼフという名前のドイツ人にも会ったことがない理由もわかった。
しかし有名なスポーツメーカーのアディダスはアドルフ・ダスラー氏が創設して、彼が名前を縮めて「アディダス」と呼ばれていたのでアディダス社になった。でも、アディダス社の前身のダスラー商会の設立はヒトラーがナチス党党首になって台頭する前なので、何も因果関係はない。ドイツ人はルドルフはルディ、シャルロッテはロッテというふうに縮めた愛称で呼ぶ習慣があるから、恐らく、ヒトラーもナチス党党首になる前は親しい友達から、アディと呼ばれていたのだろう。
ヒトラーはいなくても、それ以外のナチス政治家の名前がついたドイツ人は今でもけっこういる。
しかし、僕がドイツ人友達のH家に2005年夏に滞在していた時にこんなことがあった。その家の旦那さんと奥さんと談笑をしていた時に、机の上の携帯電話が鳴って奥さんが出た。
奥さん「ハロー?まあ、ハイドリッヒ夫人、わざわざ電話をありがとう。ご機嫌いかが?・・・・・」
これを聞いた時に、僕はちょっと吹いてしまった。そして、電話が終わった後に、
「ハイドリッヒ夫人からの電話ですか?ということは、旦那さんの名前は、当然、“ラインハルト”でしょうね?」
と僕は質問したのだった。2人とも爆笑して、
「ははは、ナチス・ドイツに詳しい君は、当然、そう思うだろうね。ハイドリッヒというのは南ドイツではよくある名前だよ。ハイデン(茂み)、ライヒ(帝国)というのが語源だから」
と旦那さんが言ったのだった。
あと、ドイツの「同盟90/緑の党」の女性国会議員にカトリン・ゲーリング=エッカルトという人がいるし、女性スノーボードの選手にカタリーナ・ヒムラーという人がいる。もちろんスペルも全く同じだ。それで、外国人の中には「親戚とか血のつながりがあるのでは?」と疑う人もいるようだが、全く血のつながりはないという。
カトリン・ゲーリング・エッカルトの場合は東ドイツ生まれであり、ドイツキリスト教教会の福音派(プロテスタントのグループの内の一つ。ドイツ語ではエヴァンゲリッシュという。アニメの「エヴァンゲリオン」という題名は、このドイツ語の影響があるらしい)の牧師と結婚をして、夫の名前がゲーリングだったので、ゲーリング=エッカルトという名前になった。夫である牧師の親族を調べたが、ヘルマン・ゲーリングとの血縁関係は何もなかった。
しかし、最近は彼女は緑の党でも重要なポストについており、ドイツ連邦議会でもベテランの議員になっている。それで、ライバルであるキリスト教民主同盟(福音派とは仲が悪いカトリック派の議員が多い)の党首で今のドイツ首相であるメルケルが退陣した後には、「ゲーリング=エッカルトを新内閣の主要な大臣に」という声もあるので、「大臣がゲーリングという名前ではまずいのでは?」という批判もあるらしい。まだわからないが、2022年にメルケル内閣が終わった後にはゲーリング=エッカルトがドイツの外務大臣になって、来日するかもしれない。2030年にはゲーリング=エッカルトが首相になって、「ドイツのゲーリング首相は・・・」などと報道されるようになるかもしれない。
それ以外にドイツ軍ファンが喜びそうな有名人の名前というと、「バルジ大作戦」に出てくるヘスラー大佐と同じ名前の、トーマス・ヘスラーというサッカー選手がいたことがある。ただしスペルが違う。
それ以外にもドイツのサッカー選手、テニス選手はかなりの数を知っているが、ナチスドイツの有名な政治家、軍人と同じ家族名の人はあまり聞いたことがない。ただし、ロンメルという家族名はドイツにはかなり多くて、シュツットガルトには「ロンメルスハウゼン」(ロンメルの家」という名前の地名もある。この地名についてロンメル元帥の息子のマンフレート・ロンメル氏が長年シュツットガルト市長を務めていたから、シュツットガルト近郊の家族にホームステイをしていた時に、
「ロンメル市長と何か関係があるのでは?」
とその家の主人に質問をしたら、
「昔からある地名でロンメル将軍の家族とは何の関係もない」
と主人は笑って言っていた。
ドイツ系の名前はイメージと響きからしてカッコイイ感じがする。
それ以外にもこういうこともあった。2012年3月にドイツに帰ったドイツ人弁護士Sがウルム市に住んでいたので、彼の家に滞在した時に近くのシュツットガルトに一緒にサッカーの試合を見に行った。彼はフォルチュナ・デュッセルドルフのサポだったので、シュツットガルト対デュッセルドルフの試合を見に行ったのだった。
「デュッセルドルフから俺の友達も来るんだ。彼はハーヨーと呼ばれているけど、本当のファースト名はハンス・ヨアヒムだからハーヨーと呼ばれてるんだ」
とSは言っていた。
「ハンス・ヨアヒムなんて、まるで、第二次世界大戦の撃墜王のハンス・ヨアヒム・マルセイユ大尉みたいでカッコいい名前だな」
と言って、ドイツ軍マニアの僕は当然ながら羨ましいと思った。
「お前はドイツ人は誰でも、ナチスドイツ軍人と結びつけるんだな」
友達のSは呆れた顔をして笑っていた。それで、ハーヨーに会ったけど、眼鏡をかけた普通の顔をしていて本業は公務員だった。どう見ても撃墜王の顔ではなかった。(苦笑)
他にも、ドイツでカッコイイ響きの名前を見たり聞いたりしたことはいくらでもあるが、よく覚えているのは、2016年にドイツ北西部にあるメンヒェングラドバッハの街を訪れた訪れた時に、道路に「グデーリアン・ハウスクリーニングサービス」という車が止まっていた。ハウスクリーニングサービスというのは、日本ならダスキンのような家を訪問して各部屋を掃除するサービスである。「やはり、グデーリアンという名前だから、電撃戦のように素早く効果的に掃除をするのだろうな」と連想した。(笑)