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転勤族の子供は色んな面で人生で不利だ

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僕の父は銀行員で転勤族だったので両親ともに仙台出身だが、僕は愛媛県松山市で生まれて、その後、名古屋、東京、広島、西宮、仙台と引っ越した。仙台に定住したのは両親が仙台出身なので仙台に家を建てたから。

 

 

僕のブログ記事のかなり前からの読者である人なら知っていると思うけど、僕の亡くなった父は大手銀行勤務の転勤族だったので、僕の家族は僕が小学校を卒業するまでは約2年半に一度のペースで、父の転勤に伴なって引っ越していた。僕が小学校を卒業する時には2歳年上の兄が既に中学校3年生だったので、高校受験の準備をするために東北の仙台にマイホームを建てたのだった。そうしないと、兄が高校に入学した後にまた引っ越しとなると兄は高校受験を2回しないといけなくなる。それはあまりにも大変なので、仙台にマイホームを建てて家族は定住して父だけが単身赴任をすることになったのだった。

 

仙台に定住するということは父も母も仙台出身で、父は東北大学卒で母も仙台の公立高校卒だったから、結婚した時から最終的には仙台にマイホームを建てることに決めていたのだった。上の写真は愛媛県松山市の道後温泉であるが、僕は生まれた時はこの近くに住んでいた。両親ともに仙台出身なのに僕と兄が松山市で生まれたというのは、仙台出身の父は大学卒業までは仙台市のある宮城県周辺と、あとは大学時代はボート部にいたので、東京方面に遠征することがあったから宮城県と東京は知っていたが西日本は全く知らなかったので、西日本で勤務することを就職する時に希望したかららしい。というか、大手企業というのは給料も待遇もいいので、東日本で採用された人は初めは西日本の支店で勤務、逆に西日本で採用された人は初めは東日本で勤務という傾向が今でもあるようだ。

 

 

転勤族の子供は父の転勤に伴なって転校しないといけないので、勉強と人間関係でかなり不利である。僕は勉強ではあまり苦労しなかったが、人間関係ではかなり苦労して精神的に辛かった。

 

 

それで、父が大手銀行勤務だったから確かに僕の家族は経済的に困ることはなかったが、引っ越しが多いので精神的な負担はすごく大きかった。僕は愛媛県松山市で生まれた後に名古屋、東京、広島、西宮というふうに引っ越して仙台で定住をした。兵庫県の西宮に住んだというのは父が大阪支店勤務だったので、銀行の社宅が西宮にあったからだった。小学校に入学したのは東京の目黒区の小学校で、その後、広島と西宮の小学校に通った。

 

転校が多い場合はやはり勉強と人間関係ですごく不利になる。まず、日本全国の小学校で使っている教科書は違うので、東京から広島に引っ越した時には担任の先生と一緒に教科書で既に習っている箇所と、まだ習ってない箇所を確認する作業をしないといけなかった。これは広島から西宮に引っ越した時も同じだった。習ってない箇所については、先生がプリントを作って学習の助けになるように工夫してくれた。でも、僕は優等生タイプだったから、別にこれはあまり苦労しなかった。ただ、広島も西宮も私立中学を受験する生徒がかなりいたから塾に通ってる同級生が何人かいたけど、転校が多い僕は私立中学を受験しても意味がないので、塾には行かなかった。先生も同級生も「転校生で塾にも行ってないのに、勉強ができるのはすごいな」と言って、驚いていた。

 

僕の場合は勉強よりももっと苦労したのは、やはり学校での人間関係である。2年半に一度は転校するということは、やはり、友達はできにくくて、友達になって仲良くなったとしてもまたすぐに別れることになってしまう。だから、東京から広島に引っ越して20人ほどいた友達がゼロになった時には、「どうせ、広島で友達をつくってもまた引っ越すのだから、友達がいなくてもいい」などと思って引っ越しうつ病状態になった。だから、別に広島の同級生が悪いわけではないが、僕は東京に住んでいたから巨人ファンで、広島人の同級生はカープファンということもあって、広島ではなかなか友達が出来なかった。

 

人間観関係では同性との友達をつくるのも苦労したが、異性との関係もすごく苦労した。西日本の女子と東北の仙台の女子はかなり違うので、僕の初恋は甘い思い出ではなくて女子の違いに合わせるので大変だった。

 

 

さらに人間関係で苦労したのは、転校を経験したことのある人ならわかると思うが、異性との関係である。簡単に言えば、東京、広島、西宮、仙台の女性はかなり性格も気質も違うのである。東京に住んでいた時はまだ小学校低学年だからほとんど女子を意識してなかったが、広島で小学校5年生になった時には女子も体が成長していたから、かなり女子を意識するようになった。基本的には西日本の広島と西宮の女子は陽気でおしゃべりな女子が多いが、東北の仙台の女子は大人しくて真面目でちょっと暗い女子が多いと思った。もちろん、これはまだ東北新幹線が開通したばかりで、仙台が政令指定都市になる前の昭和時代の話だから、今の仙台の女性はかなり違っていると思うけど。

 

広島と西宮の西日本女性が陽気でおしゃべりという証拠に、芸能界にいる女性芸能人でも、西日本出身、特に大阪にある吉本興業所属の女芸人はかなり多い。吉本新喜劇では女芸人が平気で下ネタを言ったり、乱暴な関西弁で男芸人とお笑いをしているし、吉本所属でなくても、久本雅美、和田アキ子などは女を捨てて芸能界で活躍している。こういうおしゃべりで陽気な女性芸能人が東北にはいないのである。東北出身の女性芸能人というと、だいたい、大人しくて清楚系の人が多い。だから、僕は西宮から仙台に引っ越した時に、「仙台の女子はなんでこんなに大人しくて、男子とあまり会話をしないのだろうか?仙台の男女は、みんなお見合い結婚でもする気だろうか?」などと、不思議に思った。これは僕だけではなくて、僕以外に西日本から引っ越してきた同級生も同じように、「仙台人はつまらない。西日本人に比べると大人しすぎる。中にとても陰湿な奴もいる」と言って嘆いていた。

 

 

ドイツ人の友達は、「父が何度も転勤して子供も何度も転校する転勤族というのは、ドイツにはいない。転勤、単身赴任を強要するような会社からは転職する人が多いし、妻も転勤が多い夫とは別れる」と言っていた。

 

 

というわけで、今日は父が大手企業に勤務する僕のような転勤族の子供は、生まれも育ちも同じ場所という子供と比べてかなり精神的に苦労するという事実について書きましたが、子供の頃に転校したことがある人ならわかることだと思います。これは、大人の世界でも東京では人間関係も仕事もあまり苦労しなかったのに、大阪に引っ越したらそれがあまり上手くいかなくなったという人もいるので、とても難しい問題だと思います。

 

これについては、かつて東北大学に勤務していたドイツ人の友達はこう言っていた。「俺の父はデュッセルドルフの保険会社にずーっと勤務していて、転勤は一度もしたことがないよ。T(僕のこと)の父のように、大手銀行勤務だからといって日本全国を転勤したり、単身赴任をするようなサラリーマンはドイツにはほとんどいないよ。会社からそんなに転勤を何度も命令されたら転職する人が出るし、妻も子供を連れて離婚するよ。何度も転勤しても会社を辞めないというのは、日本の会社独特の終身雇用、年功序列という制度があるからだよ。ドイツの会社は実力重視だし、労働組合が強くて何度も転勤する人事制度には反対するから、日本の会社制度とは違う」