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太平洋戦争はソ連スパイの陰謀だった

[江崎 道朗]のコミンテルンの謀略と日本の敗戦 (PHP新書)

 

 

 

太平洋戦争開戦から80年ということで当時の日本の失敗ばかりが報道されているが、ハルノートという無理な要求を突き付けて日本を挑発したアメリカ側にも非はある。

 

 

今は太平洋戦争開戦から80年という記念の時期なので多くのドキュメントが作られて報道がなされているが、なんかどれも核心をついていないと思う。特に目立つのは「日本が自ら間違った戦争に突入して国民がたくさん死んだ」という見方だが、アメリカ、イギリス、ソ連といった連合国側にも非はあるだろう。特にイギリスはナチスドイツ軍の攻撃を受けて苦しい状態だったのでアメリカの参戦を望んでいたし、ソ連も同じくナチスドイツ軍の攻撃を受けていて、アメリカから武器のレンドリースを受けて助けてもらっている状態だった。イギリスもソ連も超大国であるアメリカの連合国側での参戦を望んでいたのである。それで、アメリカはナチスドイツの同盟国だった日本を挑発して日本にアメリカを攻撃させるという戦略をとった。これが「ハルノート」であり、内容は「日本は海外の全ての植民地を放棄して、明治維新の時と同じような小国に戻るべき」というものだった。こんな無理な要求は当時の日本にのめるわけがない。

 

 

第二次大戦の最高の勝利者は共産主義者であり、ソ連は生き残れたし、戦後に中国は共産主義国になった。そして、戦後の世界では共産主義革命を目指す国がたくさん誕生した。

 

 

そこでちょっと違った視点から見てみるが、結論から言うと、第二次大戦で本当に勝って得をしたのは共産主義たちである。つまり、ソ連はナチスドイツの攻撃を撃退して1991年まで生き延びることができたし、毛沢東の率いる中国共産党軍は第二次大戦後に中国での内戦に勝利をして、今でも共産党の独裁政権を維持することができている。イギリスは植民地のほとんどを手放すことになったし、アメリカもヨーロッパの東半分をソ連に取られてしまい、中国での権益を失ったので、とても第二次大戦で勝って得たものが大きかったとは言えない。

 

 

日本国内にも尾崎、ゾルゲというソ連のスパイがいて、尾崎は近衛内閣の嘱託、中国問題の専門家として活動をしていて、日本軍と蒋介石の中国国民党軍が潰しあうようにして、日本とソ連が戦わないように工作をした。

 

 

それではなぜソ連を中心とする共産主義が第二次大戦で勝利したのかというと、その背景には日本とアメリカの中枢部にいたソ連から送られたスパイの暗躍がある。日本にいたスパイは尾崎秀実(ほつみ)とリヒャルト・ゾルゲを中心とするスパイ団であり、アメリカにいたのはアメリカ共産党員たちである。写真上は国際共産主義指導組織(コミンテルン)と日本の関係を説明している「コミンテルンの謀略と日本の敗戦」という本。

 

ウィキペディアの説明では尾崎秀実の説明を読めばよくわかる。

 

ja.wikipedia.org

 

対中強硬方針への誘導

 

こうした主張は、当時暴支膺懲の標語のもとで盛り上がった反中感情扇動し、翌1938年(昭和13年)1月16日第一次近衛声明に影響を与え早期和平を目指したトラウトマン工作も打ち切られた。同年『改造』5月号で「長期抗戦の行方」を発表し、日本国民が与えられている唯一の道は戦いに勝つということだけ、他の方法は絶対に考えられない、日本が中国と始めたこの民族戦争の結末をつけるためには、軍事的能力を発揮して、敵指導部の中枢を殲滅するほかないと主張、また『中央公論』6月号で発表した「長期戦下の諸問題」でも中国との提携が絶対に必要だとの意見に反対し、敵対勢力が存在する限り、これを完全に打倒するしかない、と主張して、講和条約の締結に反対、長期戦もやむをえずとして徹底抗戦を説いた。一方、アメリカ国内においてもソ連による反日工作が行われており、後の対日政策に影響を与えた(「ベノナ文書」も参照)。これら一連の動きは、日中の講和を阻害し、日本軍を中国に張り付け国力の消耗を狙ったものだった。

 

つまり、朝日新聞編集員で主に中国で取材活動を行っていた尾崎は、中国問題の専門家として第一次近衛内閣の嘱託となり、日露戦争以来の日本陸軍の伝統であったソ連を仮想敵国とする北進策を止めるために、近衛内閣の時に盧溝橋事件が起こって日本と中国が全面戦争に突入しそうになると、マスコミに「断固支那(中国)を討つべし」という記事をたくさん書いて、日本と中国が全面戦争に突入するように対中強硬路線を主張して世論を誘導したのである。そして、日本政府が中国との泥沼の戦争に嫌気が差して和平交渉を始めるとこれに反対する記事、論文をメディアに書いて、和平交渉を潰している。これは、日本軍が蒋介石の率いる中国国民党軍と潰しあって、毛沢東の共産党とソ連の共産党を助けるためにやったことである。

 

 

尾崎、ゾルゲというソ連のスパイが日本で暗躍した結果が、日本と米英が太平洋戦争を戦うという帝国主義国同士の潰しあいだった。その結果、最も得をしたのはスターリンのソ連と毛沢東の中国共産党である。

 

 

 

さらに、1941年6月にナチスドイツがソ連に侵攻して日本軍がソ連を攻撃する可能性が高まると、近衛内閣で尾崎はソ連とは戦うべきではないと主張して、東南アジア諸国を攻撃する南進論の提言もしている。そして、これらの尾崎の日本政府内での活動は全てが同盟国ドイツの新聞記者として日本に滞在していたゾルゲによって、ソ連へと暗号文で知らされていた。日本の動きは全てがモスクワにいるソ連共産党幹部に筒抜けだったのである。

 

日本政府と日本軍がソ連のスパイである尾崎とゾルゲに踊らされたその結果が、日本軍と米英軍が衝突した太平洋戦争にだった。日本軍が南進論を選んで米英と全面戦争をしたので、結局、日本軍は選択肢の一つだったソ連との戦争は行わず、日本と米英という帝国主義国の資本主義国同士が戦ったので、最終的に最も得をしたのはスターリンのソ連共産党と毛沢東の中国共産党だった。尾崎とゾルゲというソ連のスパイたちは1941年10月に逮捕されて1944年11月に処刑されたが、彼らの目的は見事に達成されて、ソ連は第二次大戦を生き残り、中国は戦後に共産主義国になった。

 

これが共産主義者の恐ろしいやり方である。世界大戦が起こって何千万人が死のうが、共産主義が維持されて共産党首脳部が生き残ればそれでいいのである。尾崎とゾルゲというソ連からのスパイたちは日本人がどれほど不幸になり死んでも、スターリンのソ連共産党への忠誠だけは忘れなかったのである。