Deutschland-Lab

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ウクライナ人女性たちの悲劇

 

 

 

 

ウクライナ戦争でウクライナ人女性108人がロシア兵との捕虜交換で収容所から解放されたというが、彼女たちが収容所でどのような扱いをうけていたのかすごく心配だ。

 

 

ウクライナ戦争で、「ロシア兵捕虜との捕虜交換があって108人のウクライナ人女性捕虜が解放された」という嬉しいニュースがあったけど、問題なのはやはり彼女たちはロシア軍捕虜収容所にいた時にロシア人男性たちに何もされなかったのだろうか、ということだろう。これまでも今までの戦争と紛争で一応女性捕虜は解放されたけど、体の検査をしてみたらやはり多くの女性には性暴力されたことがわかったということが多い。こういうブログ記事は読んでいる人も気が重くなると思うし書いている僕も気が滅入るけど、やはり戦争があると女性が被害者になるのは仕方がないようなことなので、書かないといけない。

 

news.yahoo.co.jp

 

かつて僕は「ベルリン終戦日記 ある女性の物語」というナチスドイツ軍が降伏した後に、ベルリンに住むたち女性がソ連兵によって何度も性暴力をうけるという映画について、このブログに書いたことがある。

 

 

上の写真は「ベルリン終戦日記 ある女性の記録」(原題:Anonyma Eine Frau in Berlin)という本を映画化した「ベルリン陥落 1945」というドイツ映画のワンシーンで、ウクライナ戦のニュース映像ではない。でも、ウクライナのある都市では恐らくこのような光景になってるかもしれない。この映画はナチスドイツ軍が降伏してベルリンがソ連軍に占領された後に、ベルリンの若い女性たちが次から次へとソ連兵によって性暴力をうけるという話で、男でも女でも見ていてい鬱になるだけでただ悲惨な話である。

 

しかし、映画のタイトルは原作本と本の話の内容から全く離れてしまっていて、まるでドイツ軍とソ連軍がドンパチと派手に撃ちあうような題名になっている。恐らくベルリンでドイツ女性たちが占領軍であるソ連兵に次々とレイプされるような話は、映画の配給元がヒットしないと思ったので、「戦争映画マニアが勘違いして見てくれるように」みたいな感じで派手な戦闘シーンがある戦争映画のような邦題をつけたのだろう。原題は[Cross of Iron](鉄十字勲章)が、「戦争のはらわた」になってしまったのと同じだろう。(苦笑)

 

僕はかつてこの映画について、はてなブログに記事を書いたことがある。

 

deutschland-lab.hatenablog.com

書いた記事の中から一部を抜粋する。

 

上に掲載した写真(このブログでも紹介しているブログでも同じ写真を一番上に掲載している)がこの映画のワンシーンであり、ドイツ女性が占領軍のソ連兵の好奇の目の中で生活をしている。1945年5月8日にナチスドイツ軍が降伏した後、ベルリンの女性たちはこのような状況で生活しなければならなかった。これは、満州樺太における日本人もソ連軍の侵攻によってかなり酷い目にあったので、やはり同盟国だった日本人にも同じようなことが起こったのだろう。その点、アメリカ軍、オーストラリア軍などの西側連合軍による占領だった日本本土はまだかなりマシだったといえる。それでも、実話に基づいて作られた邦画「肉体の門」では、米兵に強姦された東京の普通の女性たちが娼婦に落ちぶれてしまって、ヤクザ者たちと同居しながら最底辺の暮らしを強いられるという話だった。こういう女性も少数だがいたのである。

 

 

しかし、「ベルリン終戦日記 ある女性の記録」というドイツ映画ではソ連軍のことを責めるだけではなくて、いかにナチスドイツ軍の兵隊がソ連と東ヨーロッパで強制収容所を作って残虐行為を行ったかという話を、ソ連兵たちがベルリンの女性に語るというシーンもある。

 

 

さらにこの映画に話を戻すと、ハリウッド映画のようにアメリカ人サイドのことだけを描いているのではなくて、敵のソ連人に対する同情も忘れておらず、ソ連の少年兵の一人が「僕はドイツ兵に家族を皆殺しにされたから、その怒りからまだ少年だけどソ連軍に志願したんだ!」と語って、東部戦線でのドイツ軍の残虐行為を描写するシーンもある。そこで、ベルリンの女性たちは、「私たちは夫、恋人がソ連で残酷なことをしたから、その復讐行為の一つとして性犯罪を受けているのだ」ということに気づくのだった。

 

ある程度ドイツ軍対ソ連軍が戦った東部戦線の歴史を知っている人なら、ヒトラーナチス党の方針で西側連合軍(アメリカ、イギリス、フランスなど)の捕虜に対してはナチスドイツ軍はジュネーブ条約に基づいて紳士的に扱ったが、東ヨーロッパのロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人などのスラブ民族ナチス党の綱領では蔑視しており、各地に強制と絶滅収容所を作ってスラブ民族を虐待した。ソ連兵の多くはアウシュヴィッツ強制収容所で強制労働の後にガス室送りになったり、ドイツ本土で兵器やコンクリートのブンカーを作る強制労働に従事させられた。つまり、ソ連兵のドイツ女性への凌辱行為はそれらの戦争犯罪への仕返しなのであった。

 

 

しかし、ナチスドイツによるロシアへの残虐行為があったのは70年以上も前のことでドイツは謝罪をして東欧とロシアに多額の経済援助もしている。だが、旧ソ連は1991年のソ連崩壊まで何の謝罪もせず、ロシアに変わっても今はウクライナ戦争で残虐行為を繰り返しているという許せない国である。

 

 

しかし、ナチスドイツ軍による残虐行為があったにしても、旧ソ連時代のモスクワにあるロシア人共産党政府による戦後の東ヨーロッパ人に対する痛めつけは異常だった。多くの東ヨーロッパ人は今でもロシア人を許してないから今のウクライナ戦争での制裁に参加してるのであり、東ヨーロッパ人は「ナチスドイツによる戦争犯罪は12年で終わり、ドイツはその後謝罪をして東欧諸国に大金を払って経済援助もしてくれたが、旧ソ連が東欧の自由を奪ったという犯罪は1945年から1991年のソ連崩壊まで続いた。そして、ドイツとは違って謝罪もしないし経済援助も何もしてくれない。ロシア人は絶対に許さない」と言って多くの東ヨーロッパ人は怒っている。これは、実際にポーランド人の僕の彼女が言っていた言葉である。

 

まあ、戦争と女性への性暴力について書き出すと戦記をたくさん読んでいる僕としては、一つのブログ記事に書ききれなくなってしまうのでこの辺で終わりにするけど、とにかく、ロシア軍占領下で生活しているウクライナ人女性たちが本当に心配である。ロシア軍収容所から解放されたという女性たちも、収容所でどのような生活を送っていたのかも心配している。ロシア軍収容所にいて解放されたというウクライナ軍兵士の顔写真がネットに掲載されていたが、顔の形が変わるほどに殴られて暴行をされていた。ウクライナ人男性がこんな扱いを受けていたのなら、ウクライナ人女性も同じようなひどい扱いをされたのだろうかとものすごく心配するし、プーチンを始めとするロシア政府と軍幹部と兵士に対する怒りがこみあげてくる。