- 昭和時代の道徳の教科書に「星野君の二塁打」という話が掲載されており、監督の送りバントのサインを無視してサヨナラヒットを打った少年の話だった。監督は次の試合ではサインを無視した星野君に罰として、次の試合ではスタメンから外すと言い渡した。平成初期までは、典型的なダウントップの日本の組織の話として常識だった。
- ところが、サッカーJリーグが始まって外国人のサッカー指導者が来日して、さらに、日本人野球選手がメジャーに行くようになると外国人の指導者たちはこの話を批判した。「軍隊式の日本のスポーツ界を象徴する話だ。どのスポーツでも監督が常にチームを支配していて、選手の自主性を全く尊重していない。この場合は監督よりも選手の判断の方が正しかったから、試合に勝てばそれでいいのだ」などと外国人は言った。
昭和時代の道徳の教科書に「星野君の二塁打」という話が掲載されており、監督の送りバントのサインを無視してサヨナラヒットを打った少年の話だった。監督は次の試合ではサインを無視した星野君に罰として、次の試合ではスタメンから外すと言い渡した。平成初期までは、典型的なダウントップの日本の組織の話として常識だった。
野球シーズンはもう終わったけど、プロ野球選手の契約更改、移籍などのストーブリーグのニュースがあるので、今日も野球関係の話を書こうと思う。
僕がまだ小学生だった昭和50年代に、「星野君の二塁打」という話が道徳の本に書いてあった。星野君はリトルリーグのチームに所属して野球をプレイしていたが、ある試合で7回裏(リトルリーグは7回で終わり)の攻撃で同点の時に、ランナーが1塁にいたので監督から送りバントのサインが出た。星野君は監督の指示に従ってバントをするつもりだったが、相手投手が7回で球の威力が落ちていたのでヒットが打てるだろうと星野君は思った。そこで彼は監督のサインを無視して投手の投げた甘い球を打つと、その当たりは外野の頭を超える長打になって、1塁ランナーがホームインしてサヨナラ勝ちになった。星野君はサヨナラ打を打ったヒーローになったので彼もチームメイトも大喜びだった。
しかし、監督はサインを無視したことを怒っていて試合後のミーティングで、星野君を次の試合ではスタメンから外すことをみんなに告げた。星野君は泣いて監督のサインを無視したことを後悔した、という話である。
この話は昭和、平成初期の時代はほぼ全国の小学校の道徳の教科書に載っており、「監督、学校の先生、会社の上司などの目上の人たちの指導には従わなければならない」という教訓だった。そして、当時はこういう話が絶対に正しいと思われていた。
ところが、サッカーJリーグが始まって外国人のサッカー指導者が来日して、さらに、日本人野球選手がメジャーに行くようになると外国人の指導者たちはこの話を批判した。「軍隊式の日本のスポーツ界を象徴する話だ。どのスポーツでも監督が常にチームを支配していて、選手の自主性を全く尊重していない。この場合は監督よりも選手の判断の方が正しかったから、試合に勝てばそれでいいのだ」などと外国人は言った。
しかし、野球で野茂がメジャーに行き、サッカーJリーグが出来て海外からサッカー日本代表の監督として外国人の監督、さらに有名な外国人サッカー選手がJリーグでプレイするようになると、外国人たちはこの道徳の話を酷評した。
「この道徳の話はいかにも日本式の軍隊式スポーツで、ダウントップの組織で監督、コーチ、フロントが選手を支配している話だ。野球でもサッカーでもプロの選手、いや、アマチュア選手でも彼らのやりたいようにプレイさせればいい。監督とコーチはそれに助言をすればいいだけだ。この話でも星野君は投手の投球を見てこの球なら打てると思ってサヨナラヒットを打って試合に勝った。彼の自主的な判断を尊重するべきで、この場合は監督のバントのサインが間違っていたわけだ。監督が常に正しいわけではない。選手の自主的判断を尊重するべきだ」
このように言って、日本人の野球チームの監督などの目上の人に従うべきという道徳を酷評した。これは特に野球とは違って一度試合が始まると、ハーフタイムの時以外は試合を止めて監督がアドバイスできないサッカーでは、選手の自主的な判断に任せてプレイをさせるのが当たり前にのようである。1998年に次の日韓ワールドカップで最低でも日本をグループリーグ突破させるために、日本代表の監督になったフランス人のトルシエ監督も、「日本人のサッカー選手たちは自主性が足りなすぎる。監督の私の言う通りにプレイするというのでは、サッカーでは勝てない。プロのサッカー選手だったら自分はこういうプレイがしたいという自主性をもっと持ってほしい。私の采配に逆らうくらいの気概が欲しい」という苦言を呈した。
そして、今では「星野君の二塁打」という道徳の話は昔の日本のトップダウンの社会を象徴する話として、今でも少数の道徳の本に掲載されている。そして、今では「星野君の自主的な判断が正しいのか、それとも監督のサインに従うべきなのか、よく考えてみよう」ということを生徒の判断に任せるお話になっている。
最後になったが、この星野君の二塁打を巡る議論は日刊スポーツにも掲載されたことがある。