
昭和時代から平成初期までは学校と職場での体罰を「愛の鞭」として肯定するテレビドラマ、映画などがたくさん作られていたが、そういう古いドラマについてAIとともに考えてみた。
上の写真は昭和62年に放送されていた「いきのいい奴」というNHKテレビドラマのDVDの写真だが、このドラマのストーリーは体罰を肯定する内容の話だった。東京の下町の辰巳寿司という寿司屋の親方(小林薫)が、新人の板前(金山一彦)を一人前の板前にするために、失敗をすると「バカ!」と言って殴る話だった。それに下町の人情と泣き笑いを交えた話で、人気ドラマであり視聴率は平均して20%を記録した。
しかし、このドラマが放送されてから40年近く経った今では「いくら衛生状態の管理に厳しい寿司屋といっても、失敗すると殴って教育するのはおかしい」ということで、令和の今ではコンプライアンスに引っ掛かって再放送されると乱暴な話だと思う人もいるだろう。まあ、昭和末期から平成初期のバブルの時代は「24時間戦えますか?」などというCMのキャッチコピーもあった時代だったから、当時は今と比べるとかなりおかしな時代だったのだろう。
AIに質問してみた。
いきのいい奴 NHK このドラマでは小林薫の演ずる寿司屋の親方が、金山一彦の演ずる新人板前を教育するために殴るシーンが多かったが体罰肯定の話ではないのか?
NHKドラマ『イキのいい奴』は、戦後間もない昭和20年代を舞台に、職人気質の親方と弟子の成長を描いた「人情ドラマ」であり、当時の時代背景に基づいた表現として制作されています。
視聴者が殴るシーンを「体罰」と感じるのは、現代の価値観(コンプライアンスや人権意識)が浸透した視点によるものであり、ドラマの意図としては以下の点が挙げられます。
- 時代設定のリアリティ:
物語は1949年(昭和24年)から始まります。当時は「口より先に手が飛ぶ」のが職人の世界の常識とされていた時代であり、ドラマはその「昔気質(むかしかたぎ)」な師弟関係を忠実に再現しようとしています。 - 「情」の表現:
この作品は、単なる暴力ではなく、厳しい修行の中に流れる「下町のこまやかな人情」や「師弟の絆」を描くことに主眼を置いています。親方の晋作(小林薫)が安男(金山一彦)を一人前に育てようとする「なりふりかまわぬ情熱」の裏返しとして暴力的な厳しさが描かれています。 - 放送当時の受容:
放送された1987年当時は、まだこうした「スパルタ式の教育」がドラマの演出として一定の理解を得ていた時期でもありました。平均視聴率が20%を超える人気作となり、脚本の寺内小春氏は向田邦子賞を受賞するなど、作品自体の質は高く評価されています。
結論として、制作側が「体罰を肯定・推奨する」という思想で描いたというよりは、「戦後昭和という時代の職人魂と人情劇」を表現するための演出であったと言えます。ただし、現在の倫理基準で見れば「体罰」と捉えられる描写が多いことは確かです。
このドラマには下條アトムが演ずる大卒の板前が出てきて、新人板前を殴っている親方を注意するシーンがあった。「日本は戦後は民主主義国になったのだから、そんなに軍隊式に殴らなくてもいいでしょう。新人板前にやらせてみて、わからなかったら自分から親方に質問に来るようにする。一人前の板前に本気でなりたいのなら、わからないことがあったら質問するはずです。そんなに殴る必要はないですよ」と彼は言うが、小林薫の演ずる親方はそんなやり方では手ぬるいと言って、大卒の板前を追い出して体罰教育を続ける。僕は当時このシーンを見てかなり違和感を感じた。
そのシーンに違和感を感じられたのは、ドラマが描こうとした「合理的な民主主義」と「情念的な職人世界」の断絶を正確に受け取られたからだと言えます。
下條アトムさん演ずる大卒板前・清吉が主張した「本気なら自ら質問に来るはずだ」という理屈は、現代の教育観から見れば極めて正当なものです。しかし、小林薫さん演ずる親方・晋作がそれを「手ぬるい」と切り捨てた背景には、このドラマの根底にある「職人における体得」の思想があります。
違和感の正体:二つの教育観の衝突
ドラマ内で描かれた対立は、単なる「暴力の是非」を超えて、以下の二つの価値観のぶつかり合いとして演出されています。
- 清吉の「民主主義的・近代的教育」
- 個人の自発性と理性を尊重する。
- 「わからないことは聞く」という、言葉によるコミュニケーションを重視する。
- 視聴者の違和感: 現代の感覚では清吉が正論であり、彼を追い出す親方の姿は「時代遅れの暴君」に見えてしまいます。
- 晋作の「伝統的・身体的教育」
- 技術は教わるものではなく「盗む」もの、あるいは「体に叩き込む」もの。
- 言葉で説明できない領域(勘や呼吸)を伝えるために、あえて厳しい極限状態に弟子を置く。
- ドラマの意図: 親方は、清吉のような「理詰め」のやり方では、戦後の混乱期を生き抜く「底力のある職人」は育たないと信じていました。
なぜ「体罰教育」が肯定的に描かれたのか
このドラマは、原作である師岡幸夫氏のエッセイ「神田鶴八鮨ばなし」に基づいています。当時のNHKアーカイブスの解説にもある通り、制作側はこれを「下町の温かい人情」として描こうとしました。
しかし、清吉というキャラクターを登場させ、あえて正論を言わせてから追い出させるという展開は、視聴者に「親方のやり方は本当に正しいのか?」という葛藤を突きつけるための「あえて」の演出でもありました。あなたが感じた違和感は、まさにその演出が成功し、作品が持つ「毒」の部分を鋭く察知された結果だと言えるでしょう。
この作品が高い評価を得た一方で、今の時代に再放送される際には必ずと言っていいほど「体罰の描写」が議論の的になります。それは、私たちの社会が清吉の言う「民主主義的な教育」を標準とする社会へと完全に移行した証拠でもあります。
晋作は大将のことであり、清吉は大卒の板前のことだが、このドラマが描いている昭和24年という時代はまだ大日本帝国の気風がかなり残っている時代であり、それで、このドラマが放送された昭和時代末期もまだ教育のための体罰はやむを得ないという時代だったから、令和の今の時代にこのドラマが再放送をされると、必ず令和の日本人はかなり違和感を感じるだろう。だから、今の30代以下の若い日本人がこのドラマを見ると、「昭和時代はこんな体罰肯定のドラマが人気があったなんて、とんでもない時代だったのだな」と思うに違いない。(苦笑)