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ベルリンにあるマレーネ・ディートリヒのお墓を見に行った

マレーネ・ディートリヒ - Wikipedia

1941年6月14日 「リリー・マルレーンを聴いたことがありますか」(ベスト1 砂布巾のLW 第5章11)』ベルリン(ドイツ)の旅行記・ブログ by  砂布巾さん【フォートラベル】

 

1999年春にシュツットガルト近郊に住むH家にホームステイしながらドイツ語語学学校に通っていた時に、1週間ほど語学学校を休んでベルリン方面に旅行をしたのだが、その時に往年の名女優マレーネ・ディートリッヒのお墓を見に行った。

 

ベルリンに行った真の目的は5月8日がナチスドイツが降伏をして第二次大戦終戦記念日なので、ドイツでも日本のように色んな追悼式をやっているのかを見るために、5月初旬にベルリンに行ったのだった。ドイツの終戦記念日については既に4年ほど前のブログ記事に書いたが、日本のように政府主催の終戦記念式典とか、靖国神社みたいな場所があってそこに右翼のドイツ人がお参りするということは全くやっていなかった。

 

 

マレーネ・ディートリヒのお墓がある場所の情報を得ようとベルリンのヨーロッパセンターに行ったら、係員のおじさんがマニュアル通りの日本語でしゃべって地図とガイドブックを売ってくれた。

 

 

それで、マレーネのお墓がある場所の情報を得ようと、ベルリン中心部に建つヨーロッパセンターにあるインフォメーションセンターに日本語のガイドブックを買いに行った。すると、僕がドイツ語で日本語のガイドブックが欲しいと言うと、センターの係員はたどたどしい日本語で、「ハイ、ニホンゴノガイドブックハ チズトアワセテ 〇〇〇マルクニナリマス」と教えてくれたのだった。まあ、各国語のそういうマニュアルがあったのだろう。(笑)

 

それで、そのガイドブックと地図を見てマレーネのお墓が{Bundesplatz](連邦広場)という公園の近くにあることがわかったので、タクシーで行った。ガイドブックにお墓が墓地のどの辺にあるのか書いてあったし、マレーネのお墓の前に2人のドイツ人中年男性が立っていたので、すぐに墓地のどこにあるのかがわかった。上の写真マレーネのお墓で僕が撮影した写真もあるが、あいにくと僕が撮影した写真はフィルムのカメラで撮影したからスキャンするのが面倒なので、他サイトの写真をアップしている。[Hier steh ich an den Marken meiner Tage](ここに私は私が過ごした日々の記憶と共に立ってます」と墓碑には刻まれていた。

 

マレーネのお墓の前に立っていたおじさんが、「母のお墓も近くにあるが見るか?」と教えてくれたので見に行った。マレーネはナチス政権を嫌ってアメリカに亡命してハリウッドでスター女優になったので、ナチスドイツに残った母と娘とは不仲だったという。こちらがマレーネ・ディートリッヒの説明。

 

ja.wikipedia.org

 

 

マレーネが出演した映画では「嘆きの天使」「モロッコ」などが有名だが、僕は戦後に行われたニュルンベルク裁判を描いた「ニュルンベルク裁判」で、不当にも死刑になったドイツ軍将軍の未亡人役を演じたことに注目している。

 

 

マレーネが出演した映画は「嘆きの天使」「モロッコ」「情婦」などが有名だが、僕がとても注目しているのは1961年に制作された「ニュルンベルク裁判」である。この映画ではマレーネはナチスドイツが嫌いだと言っていたのだが、ニュルンベルク裁判で架空の人物だが不当にも死刑判決を受けて処刑された、ドイツ軍のベルトホルト将軍未亡人を演じている。そして、スペンサー・トレーシーが演ずるアメリカ人判事に、「勝者が敗者を一方的に裁くのはおかしい」というふうに訴えている。

 

さらに、マレーネはナチスドイツを嫌って1930年代にアメリカに渡り、戦後もパリのアパートで暮らしていたが、お墓を生まれ育ったベルリンに作ったということは、やはりドイツを愛していたのだろう。