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僕はいつからドイツサッカーが好きになったのか?

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僕がドイツサッカーを好きになったのは1986年のメキシコW杯を見ていた時からで、やはりドイツ軍マニアなので西ドイツ代表(当時)を応援するようになったのだった。

 

 

今日もサッカーヨーロッパ選手権をしてるので、サッカー関係の記事を書きます。

 

僕がドイツサッカーを好きになったのは、1986年のメキシコワールドカップの時からだった。当時は公立男子校の高校3年生だったのだが、6月にメキシコW杯をしていた。それで、多くの同級生は深夜に行われているW杯を見ていて、当時のスター選手だった「マラドーナ、プラチニ、リネカー、ルンメニゲ」などについて話をしていた。僕もそんなにサッカーが大好きだったわけではないのだが、スポーツ観戦が好きだったので、W杯の主要な試合は見ていた。

 

それで、メキシコW杯に日本は出ていなかったので、どこの国を応援しているかについて友達と話をしていた。この大会ではマラドーナのいるアルゼンチンと、プラチニのいるフランスが人気があったので、アルゼンチンとフランスを応援している友達が多かった。それで友達の1人が、「G(僕のこと)はどの国を応援してるんだ?」と質問してきて、僕は別にどこかの国を応援するという感じで見ていたのではなかった。でも他の友達が、「Gはいつもドイツ軍のティガー戦車とかメッサーシュミット戦闘機とかの話をしてるから、やはり、サッカーも西ドイツ(当時)だろ」と言ったので、僕も「そうだな、やはり西ドイツだな」と答えた。その瞬間から僕はドイツサッカーのファンになったと記憶してる。それで、西ドイツが準決勝でプラチニのいるフランスに勝った後には、「やはり、西ドイツは強いな。プラチニのいるフランスに勝つなんて、『不屈のゲルマン魂』だな」などと友達に言われた。(笑)

写真上は1986年のメキシコワールドカップで西ドイツ代表のキャプテンを務めた、カール・ハインツ・ルンメニゲ。今はバイエルン・ミュンヘンの会長を務めている。バイエルンの会長職は2022年から、日韓W杯で大活躍した元キーパーのオリバー・カーンが引き継ぐらしい。

 

ドイツのブンデスリーガをテレビで見るようになったのは、1995年当時はNHKBSでブンデスの主要な試合をしていたからだった。その年の正月にミュンヘンに旅行したので、当時はバイエルンミュンヘンを応援していた。

 

 

それで、ドイツサッカーは1986年から見てるわけだが、実際にドイツ国内リーグであるブンデスリーガについては1995年の秋頃から見ている。1995年正月に兄と一緒にオーストリアのヴィーンに1週間旅行をするツアーに参加して、ヴィーンだけでなくてドイツのミュンヘンにも行ってきた。ミュンヘンにはツアーでは行かずに兄と2人だけで行った。ミュンヘンでドイツ博物館に行って、メッサーシュミットBf109戦闘機、Me262ジェット戦闘機、V1V2ロケットなどを見てとても満足をした。それで、ミュンヘン空港でバイエルン・ミュンヘンのTシャツを買った。当時、日本で知られてるドイツのサッカーチームといったら、ブンデスで一番強いバイエルン・ミュンヘンくらいしかなかったのが理由で、特別な理由はない。でも、やはり、バイエルンを応援するようになった。

 

その後、1995年秋に夜更かしをしてBS放送を見ていると、バイエルン・ミュンヘンとボルシア・ドルトムントの試合を中心にNHKのBSで放送をしていた。それで、それらの試合を見ていた。バイエルンを応援していたのだが、当時はメラー、コーラー、ザマー、シャプイサ、リードレなどがいるドルトムントがすごく強くて、95-96シーズンにブンデスリーガ王者になったのはドルトムントだった。一方のバイエルンはフランスのエースのパパン、ドイツ代表キャプテンのクリンスマンなどがいたのに、チームが分裂状態で低調だった。それで、その頃からドルトムントも応援するようになった。

 

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その後、1997年のチャンピオンズリーグでボルシアドルトムントが優勝して、トヨタカップで南米王者と戦うために来日もしたので、ドルトムントを応援するようになった。

 

 

その後、1997年のチャンピオンズリーグ(CL)ではボルシア・ドルトムントがユベントスと対戦した。CLについてフジテレビが放送権を持っていたので、当時からハイライトと決勝戦の試合を放送していた。少なくとも、僕が住む仙台では放送されていた。

 

ドルトムント対ユベントスの決勝戦はミュンヘンで行われたが、バイエルン会長のベッケンバウアーが、「ドルトムントがユベントスに勝てる可能性はほとんどない」と発言するほど、試合前の下馬評ではスター選手を多く擁するユベントスが有利と言われていた。しかし、結果はドルトムント主将のメラーの大活躍もあって、ドルトムントが3-1でユベントスに勝利した。

 

その後、ドルトムントは南米王者と戦うトヨタカップに出るために12月初旬に来日した。試合は東京の国立競技場で行われて、この試合はトヨタカップの放送権を持っている日本テレビが全国放送をした。この試合も試合前は南米王者のクルゼイロが有利と言われていたが、またまた主将のメラーの活躍があってドルトムントが2-0で勝利した。この頃から、僕はドルトムントを応援するようになった。やはり、今のサッカーファンがメッシのいるバルセロナとか、ベンゼマのいるレアル・マドリーを応援する人が多いように、強いチームが好きになるのはいつの時代も同じだろう。(笑)

 

写真上は1997年のチャンピオンズリーグで優勝をしたボルシア・ドルトムント。優勝カップを掲げているのは、3点目のゴールを決めたラース・リッケン。

 

2015年のドイツ杯決勝のパブリックビューイングの時にドルトムントサポから、「ドルトムントが好きといっても、香川がチームに入った2010年からだろ?」と言われたが、「90年代のドルトムント黄金時代から応援してる」と言うと、サポたちはびっくりしていた。

 

それで、1990年代からドルトムントを応援していたことで、ドイツでは得をしたことがあった。2015年と2016年にドイツを一人旅をした時に、ドルトムントのレプリカユニを着て歩いてると、当時は香川真司がドルトムントで活躍していたので、「カガワ シンジ~」というふうにドイツ人から声をかけられた。

 

2015年にはデュッセルドルフで行われた[Japan Tag](日本祭り)に行ったのだが、その会場ではドイツ杯決勝の「ドルトムント対ヴォルフスブルク」の試合のパブリック・ビューイングも行われた。試合は香川が1ゴールを決めたが、残念だがドルトムントは負けた。

 

試合後にトイレに行くと、当然ながら他のドルトムントのサポーターもいた。それで数人が、「ドルトムントのファンと言っても、日本人なら香川がチームに入った2010年以後しか知らないんだろうな」ということを言っていた。「そんなことないよ。97年にドルトムントがチャンピオンズリーグ王者になって、日本でトヨタカップを戦ったことも知ってるよ」と僕が言って、さらに、「メラー、ザマー、コーラーとかがいたドルトムントの黄金期も知ってるよ。日本でも、ブンデスとCLの数試合は放送されていたから」と言うと、他のドルトムントのサポーターはびっくりしていた。

 

 

以上、今日は僕がいつ頃からドイツサッカーが好きになって、さらに、具体的にどのチームを応援していたのかについてブログに書いてみました。最近のバイエルン1強のブンデスリーガよりも、10年以上前のブンデスリーガの方がけっこう面白かったのです。