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子供の時に旅行に行った先は銀行の保養寮ばかりだった

 

 

 

今日は僕が子供のころに行った家族旅行について書こうと思います。

 

 

僕はまだ記憶のない2歳の時から中学校1年の時までに、北は山形県蔵王から南は大分の別府温泉にまで家族旅行で行った。これは父が銀行員で全国を転勤していたから。

 

 

僕は小学校から中学校までに年に1回か2回は家族全員で旅行に行った。まあ、他の家族と同じペースだったと思う。中学校2年からは1人か友達と旅行に出ることが多くなったが、それは兄と妹が吹奏楽部に入って夏休みの間も吹奏楽部の練習があったので、家族全員で旅行に行けなくなったから。

 

僕の家族旅行は初めて行ったのは僕は全く記憶にないのだが、愛媛県の松山で生まれた後、2歳の時に別府と熊本に行ったらしい。両親と兄と一緒に写っている写真があるが、もちろん、僕はまだ2歳だったから覚えてない。

 

その後、銀行員だった父の転勤で名古屋に住んだ時は富士山の近くの山中湖に夏休みに行った。しかし、不運にも台風が来ていて2日間雨が降っていて観光どころではなくて、名古屋に帰る3日目になってやっと快晴になるという不運ぶりだった。(苦笑)

 

次は父は転勤で東京本店勤務になったので、東京の目黒区にある社宅アパートに住んだが、東京にいた時は安房勝浦に1回と箱根に2回行った。箱根は家族みんなが気に入って人気があったので2回行くことになったのだった。

 

その次は僕が小学校3年生の1学期に父は広島に転勤になった。それで、東京から広島に引っ越しで移動する途中で京都に泊まって京都大阪奈良に行った。京都大阪という関西地方には僕が小学校4年生の時にも家族旅行で来た。その前に小学校3年の夏には広島県北部の比婆山と神竜湖に家族旅行をした。広島に住んだ時には、小学校5年の9月の連休時に鳥取の大山と島根の出雲大社にも旅行をした。

 

次に父は大阪支店勤務になったので、家族は社宅アパートがある西宮北口に住んだ。小学校6年生の時は僕が6月に就学旅行で行った伊勢志摩がとても気に入ったので、伊勢志摩にもう一度家族で旅行に行った。でも、兄は吹奏楽部の練習があったので来なかった。

 

その後、両親が2人の出身地である宮城県仙台市内にマイホームを建てたので、僕が中学校入学と同時に西宮から仙台に引っ越した。それで、最後の家族旅行になったのが中学校1年生の時に蔵王温泉に泊まって、宮城県側の蔵王のお釜まで山歩きをしたことだった。ただし、この時も兄は吹奏楽部の練習があるので来なかった。

 

 

 

子供時代にそんなに全国を家族旅行できたなんて羨ましいと思われそうだが、家族旅行で宿泊したのはほとんどが父が勤務する大手銀行が所有する保養寮だった。保養寮の宿泊費は格安だから。

 

 

それで、ここまで子供時代の家族旅行を書いて、覚えてる範囲では北は山形県蔵王温泉から南は島根県出雲大社まで家族旅行で行けたのだから、楽しい家族旅行に行けた子供時代だったねと思う人がいるだろう。ただし、うちの家族が家族旅行で行った宿泊先は小6の時に泊まった伊勢志摩のホテル以外は、全部父が勤務する農林中央金庫の保養寮だったという共通点がある。写真上が農林中央金庫の本店が入っている皇居のお堀に向いて立っている第一生命ビルだが、こういう大手銀行というのは全国各地に所属する行員とその家族だけが泊まれる保養寮と保養施設を持っている。

 

保養寮だと夕飯がついても行員の父は1000円、その家族は2000円という信じられないような安値で泊まれるというメリットがあった。だから、農林中金の保養寮に泊まると、家族5人で泊まっても1泊1万円以内で済んだのだった。これが大手銀行、大手企業の職員に与えられる大きな特典でありメリットだった。今は大手企業の保養寮というのは平成不況以来リストラでかなりなくなったようだが、僕が子供の頃は農林中金の案内を見ると、北は北海道のニセコから南は大分の別府温泉まで全国に10か所以上の保養寮があった。もちろん、保養寮があるのは箱根、軽井沢、京都、大山、別府などの人気のある観光地ばかりである。保養寮がない観光地でも大型ホテルの2室くらいをレンタルしている所もあった。安房勝浦に行った時は千人くらいが泊まれる大ホテルの部屋を、銀行がレンタルしていたのだった。

 

 

「銀行の保養寮がない観光地に行きたい」と父に言ったら、「家族5人で2泊以上の旅行をすると20万円以上はかかるから無理だ」と言われた。

 

 

ただし、逆に言うと銀行の保養寮がある所にしか家族旅行に行けないという欠点もある。小学校6年生で西宮に住んでいた時に、「今年の夏休みは北陸に行ってみたい。石川、富山に行って立山とか登ってみたいな」と父に言ったら、「立山には銀行の保養寮がないから無理だ」と言われて断られたことがある。まあ、確かに家族5人である程度サービスの良いホテルに1泊すると4万円くらいはかかるから、2泊で8万円、それ以外の旅費の費用も考えると、家族5人で2泊の家族旅行に行くだけで20万円くらいはかかるから、大変な出費にはなる。でも、保養寮がない企業に勤務している親は家族サービスで夏休みにそれくらいは支払っているのだから、うちでも払ってもらいたかった。

 

 

バブルのころまでは「有名大学から大手企業に入ればあとは年功序列と終身雇用で楽に生活できる」と考える日本人が多かったが、昔は大手企業に入ると社宅も保養寮もあったからかなり楽な生活が送れたのは事実だった。

 

 

このようにかつては大手企業は全国各地に保養寮を持っていたことを考えると、今から30年前のバブル崩壊までは、「必ず有名大学を出て大手企業に入って、あとは終身雇用、年功序列でけっこう楽に生活ができる」という考えが主流だったのがよくわかるだろう。大手企業に入れば住居は社宅に住めるし、家族旅行は会社の保養寮に泊まればほとんどお金がかからないから、教育ローン、住宅ローンも楽勝で払えるし、会社を引退した後に老後をゆっくりと楽しむ資金は豊富に貯まるのである。バブル崩壊のころまでは大手企業はこんなに贅沢をしていたのだった。