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ドイツのバルト海と北海を結ぶ運河に架かる鉄橋

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ドイツ北部のユトランド半島には、バルト海に面した軍港町のキールと北海を結ぶキール運河がある。その運河の上に何本かの橋がかかっているが、キール市にある大鉄橋は一見の価値がある。

 

 

ドイツの海運とドイツ海軍(Kriegsmarine)に興味のある方は是非読んでみてください。ドイツ北部にある最大の軍港町キールは、バルト海側(ドイツの北東部)にあるけど、第一次世界大戦と第二次世界大戦時のドイツ海軍の作戦海域は北海(北西部)なので、ユトランド半島を横切る大きな運河がある。その運河の上に何本かの道路橋と1本の鉄道橋が架かっている。この運河はドイツの観光ガイドブックには載ってないが、僕が思うには一度は訪れるべき場所である。ドイツのお城と美しい風景を見るだけでは満足できない方にとっては、一見の価値があると思う。ドイツの建設技術のすごさがよくわかると思う。

上の写真がその鉄道橋だが、これは1913年に完成したので、第一次世界大戦から第二次世界大戦に投入されたドイツの軍艦のほぼ全部がこの鉄道橋の下を通った。当然、戦艦「ビスマルク」と「ティルピッツ」もこの橋の下を通ってから、北海に出て戦闘状態に入った。もちろん、マストまでは通れないのでマストは倒していたようだ。下を通過している豪華客船の大きさを見れば、この鉄道橋の高さがよくわかると思う。

キール、ハンブルク、ブレーメンなどは海運とドイツ海軍のマニアにとっては一度は訪れるべき町である。これらの町には第二次世界大戦までのドイツ海軍関係の建物と博物館がたくさん残されているし、ヨーロッパ有数の港町として、巨大な船をいつでも見ることができる。

 

日本でいうと下を大型船が通れる大鉄橋というと、本四連絡橋の児島~坂出ルートがこれにあたるだろう。


こちらが、キール運河のウィキペディアの説明。

 

ja.wikipedia.org

 

 

第二次世界大戦の時にはドイツ海軍の軍艦はほぼ全部がこの運河を通過したが、戦前にドイツを親善訪問した日本海軍の重巡洋艦「足柄」もこの運河を通過した。

 

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写真上は、1937年に日独伊防共協定の締結を記念してドイツを親善訪問した時に、キール運河を通行する日本海軍の重巡洋艦「足柄」。1937年といえば、ドイツ軍がまだ蒋介石の国民党政府軍を支援していた時であり、ドイツ軍でも親中国派が強かった時期である。だが、蒋介石の国民党軍にいくら援助しても全く強くならないことに嫌気が差して、ナチスドイツ政府内でも親日派が段々と増えていった。帝国海軍の軍艦が親善訪問してドイツ海軍と交流したことも、新日派が増える要因となったのだろう。

 

 

以上、今日はドイツのバルト海と北海を結ぶキール運河についての記事を書いてみました。この運河は日本で売られてるドイツの観光ガイドブックには載ってないですが、ドイツの工業力に興味のある人にとっては、一度は訪れるべき場所だと思います。