Deutschland-Lab

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まとめ(21)ドイツで聞いた珍しい話

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今日は過去に僕がこのブログに書いた記事の中で、僕が現地のドイツ人から聞いた珍しい話について書いた記事ををまとめて紹介します。

 

 

「リトアニア大使だった杉原千畝に命のビザを発行してもらったので、私のおばあさんは助かった」という元ユダヤ人のドイツ人女子大生と話をしたが、彼女は戦後にユダヤ人が建国したイスラエルがアラブ諸国と戦争をしてることを、厳しく批判した。

 

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まず始めは、第二次世界大戦時に日本人のリトアニア大使だった杉原千畝さんに、おばあさんが日本入国許可の「命のビザ」を発行してもらって助けてもらったという、元ユダヤ人女子大生の話。彼女とはネットの出会い系サイトで知り合って、あらかじめメル友になっていて、それで彼女が住む家の近くのハノーファー駅前で待ち合わせをして会ったのだった。写真上は彼女と待ち合わせをしたハノーファー駅前広場。

 

彼女はの25才くらいの女子大生だった。彼女と会うと、当然、君のおばあさんは本当に杉原千畝から「命のビザ」を貰ったのかという話をした。
「おばあさんはリトアニアにいた時にナチスドイツに追われて、杉原千畝がいる日本領事館に保護を求めて、杉原にビザを貰った。でも、おばあさんは日本には行かずに、その後、ポーランドに行ってレジスタンスと接触をして、それで、彼らにドイツの同盟国の日本入国ビザを渡す代わりに、偽のドイツ人身分証明書を発行してもらった。ドイツ親衛隊の下っ端は厳しく検査をしなかったから、偽の証明書が見破られることはなかった」

 

「でも、私の家族はみんながユダヤ教とは縁を切ってしまった。私もキリスト教徒に改宗したから、もうユダヤ人(ユダヤ人=ユダヤ教徒)ではない。私の家族は世界平和を願っているから、アラブ人が自爆テロをするとイスラエル軍が報復でアラブ人地区に爆弾を降らすという戦争行為に嫌気が差して、それで、ユダヤ教からは抜けることにした。長年続いだ中東戦争にも嫌気が差したと両親は言っていた。今、イスラエル軍がパレスチナでやっていることは、ナチスがやっていたことと全く同じだから、ドイツで普通の生活が出来ている私の家族は、ユダヤ教とイスラエルにはもう関わらないことに決めた」。

 

彼女はホロコーストでいかにユダヤ人が虐待されたかという話をすると思ったら、戦後にイスラエル人(イスラエル人=ユダヤ人)が、アラブ人を殺しまくってることに嫌気が差してるという話をしたのだった。

 

ヒトラーの山荘があったベルヒテスガーデンのあるホテルに泊まった時に、そのホテルの女性オーナーは僕の日本人ネット友達であるGさんと知り合いであり、Gさんはヒトラーの隠し子を日本に招待していたことを教えてくれた。

 

 

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このブログ記事では、ドイツ南部にあるベルヒテスガーデンというヒトラー総統の別荘があった所に行った時に、ヒトラー総統には実はいうと隠し子がいたという事実を知ったことについて書いている。

 

ベルヒテスガーデンに行く前に、現地のホテルとペンションを探していると、「ホテル・ツム・トゥルケン」というホテルのサイトを見てると、なぜかそのホテルサイトには日本語でホテルの歴史を説明しているサイトがあった。それで、そこのホテルを予約したのだが、「なんで、日本語の説明がサイトに書いてあるのですか?」とメールで質問してみると、こういう返事が返ってきた。「私には日本人の友達がたくさんいて、その中にはあなたと同じ家族名の日本人もいます。ですから、当ホテルの歴史のサイトを日本語に翻訳させました。」
僕と同じ家族名の日本人でドイツ軍の歴史に詳しい方を、僕は1人知っていた。その方は、ヒトラー、ナチス・ドイツの研究でとても有名な方で本も執筆されている方だった。当時はまだ会ったことはなかったが、ネット上で会話をしたことはあった。

それで、ベルヒテスガーデンに着いた時に、「ホテル・ツム・トゥルケン」に行ってドアのベルを鳴らして、
「日本人のヘル(英語のミスターの意味)Gです。あなたにメールを書きました。お話がしたいのですが」
と言うと、白髪の小柄なおばあさんが中から出てきた。この人がホテルのオーナーのS夫人だった。

僕「あの、僕以外にもGという家族名の日本人を知っているそうですが、その方のフルネームは何と言うのですか?」
S夫人「彼はS・G(名前と家族名のイニシャル)といいます」
「S・Gさんですか!?僕はその人を知っています!まだ会ったことはなくてネット上で会話をしただけですが。S・Gさんはナチス・ドイツ研究で有名な方で、第二次大戦中に駐ドイツ大使を務めていた大島陸軍中将、アルベルト・シュペアーなどと知り合いだったそうです。」
「そうですね。彼はナチス・ドイツの関係者を多く知っていて、まだ50才を少し過ぎたぐらいの方です。彼はヒトラーの息子を日本に呼ぼうとしていたのです。」
ここまで話を聞いて、当然、僕はものすごい衝撃を受けた。

 

「あの、ヒトラー総統に息子がいたのですか?それは、エファ・ブラウンかゲリ・ラウバルとの間に生まれた息子ですか?」
S夫人はこう答えた。
「第一次大戦が終わった頃に、ヒトラーには息子がいたのです。もちろん、ずっと秘密にされていて、ヒトラーと親しい側近、友人しか知らない事実です」
この答を聞いた時、しばらく、僕はポカンとしてS夫人の顔を眺めていた。S夫人は「やっぱり驚いた」というような感じで、微笑んでいた。

 

続きはブログ記事を読んでください。

 

 

戦後のドイツには、「ヒトラー、ゲッベルスのような不快なイメージの家族名を持つ人は、家族名を変えてもいい」という法律が出来たので、こういう名前の人は今のドイツにはいないということを、ドイツ人弁護士の友達が教えてくれた。

 

 

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このブログ記事ではタイトルを読めばわかるように、ドイツにはヒトラーという名前の人がたくさんいるのかということについて説明している。

 

何度も僕のブログに登場するドイツ人友達で弁護士をしていて東北大学法学部に勤務していたSが、このような説明をしてくれたことがあった。
「ドイツでは、戦後、ヒトラー、ゲッベルスのような不快なイメージの家族名を持つ家族は、家族内で合意すれば名前を変えることが出来るという法律が出来た。また、この法律はナチスドイツ時代にアドルフ、ヨーゼフ(ゲッベルスのファースト名)などのファースト名を付けてしまった人に対しても変えてもいいと適用された。だから、ドイツでは今はヒトラー、ゲッベルスという名前の家族はまずいない。もし、こういう法律があるのにヒトラーという名前を名乗っている家族は“確信犯”のネオナチの可能性が高い」
この彼の説明で、今のドイツにはヒトラー、ゲッベルスという名前のドイツ人がいない理由がわかったのだった。また、アドルフ、ヨーゼフという名前のドイツ人にもあまり会ったことがない理由もわかった。