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ボリビア人の農夫には親がいない人がいた

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今日もボリビアに1993年秋に3か月間滞在した時のことについて、ブログ記事を書こうと思います。ドイツ関連の記事は別の機会に書きます。一言書いておきますが、日本の秋は南半球のボリビアでは春になります。南半球は北半球の日本とは季節が逆なので、9月から11月は春なのです。だから、僕がボリビアに滞在した時期は現地では春だったのです。

 

ボリビアで現地採用をした農園のジープ運転手兼会計士のVに、「農園で働く農夫たちの住所が書いてある名簿ないのか?」と質問をしたら、彼はただ笑っていた。

 

 

ボリビアの農園からサンタクルス市内へとジープで移動してる時に、車を運転していた運転手兼会計士にちょっと質問をした。現地採用の彼の名前はVといった。

 

僕「農園で働いてる農夫たちの職員名簿とかないのか?彼らは農園にずっといるわけではなくて、彼らはまだ若いから1か月に1回くらいは、サンタクルス市内にある実家に帰るんだろ?クリスマス休暇とか休日の時には実家に帰るんだろ?彼らの実家が掲載されてる名簿とかないのか?」

Vはニヤニヤ笑って僕の顔を見ていて、質問には答えなかった。

「なんで笑ってるの?俺のスペイン語がわからないのか?農園の農夫たちの住所が載ってる名簿はないのか?サンタクルス市内のどこかに、彼らの両親が住んでる実家があるんだろ?」

 

Vは「日本のような先進国では両親が必ずいるだろうけど、貧乏なボリビアでは私生児、孤児とか両親がいない人もけっこういる。だから農夫の実家がどこにあって、家族構成がどうかとかは知らない」と笑って答えた。

 

 

V「お前のような日本人たちの場合は、両親が必ずいるのが当たり前だよな。日本は先進国で、聞いた話では国民の住所が掲載されてる戸籍とかあるというから。でも、この後進国で貧乏なボリビアにそんなものがあると思うか?俺は農夫とは長年の付き合いがあるけど、どこに実家があるか知らない奴もけっこういる。職場である農園に一度も親が来たことのない農夫もいる。ここボリビアでは日本の会社みたいに、勤務している人の名簿なんてものはないよ。先進国の日本とは違うんだよ。農夫たちがこの農園で働くようになるまでに、どこでどういう生活をしていたとかは知らないよ」

Vはこういうことを微笑んで答えた。そこで、僕は後進国では私生児として育った子供とか、生まれた時から親がいなくて親戚に育てられたとか、孤児院で育てられた子供がけっこういて、貧困の中で生活してるという日本のテレビのドキュメントを思い出した。そういうことを思い出したので、それ以上は農夫たちのプライベート生活について質問するのはやめにした。

 

写真上は、南米のアルゼンチン北部からボリビア西部に広がるパンパ(草原)の写真。こういう所に農園はあって、僕はこのような草原で約3か月間過ごした。

 

それでは親がいない農夫の中には10代の時から荒れていて不良もいるのかと思えば、農夫の多くは10代後半から30歳までの世代だったが、荒れてる若者はほとんどいなかった。農夫の中にはまだ14歳という少年もいて、学校には行かずに農夫のお父さんが仕事を教えてるという親子もいた。つまり、農夫たちは貧しいけどいじめ、仲間外れなどはせずにみんなで農園で楽しく助け合って働こうという気持ちが強かった。

 

 

日本に帰ってから戦前生まれの両親にこういう話をしたら、「日本でも戦後しばらくは戦災孤児とか、戦争で父親が戦死したので困ってる家族があったので助け合う心があったけど、昭和時代後期に先進国になったらそういう心が失われた」と両親は教えてくれた。

 

 

これについては仙台の家に帰って戦前生まれの両親に話したら、「日本も昭和40年代までは職場学校でのいじめ、仲間外れ、パワハラなどはなくてみんな仲良く助け合って暮らしていた。それが、昭和時代終わりの頃に日本は金持ちの先進国になって、その頃から職場学校でのいじめ、パワハラ、不良学生の校内暴力が増えたんだ」と言っていた。要するに、国が金持ちになってきて経済的に豊かな家庭と貧しい家庭の格差が広がると、人の優しさとか助け合う心が失われてしまうらしい。

 

もちろん、ボリビアの若者でも僕が滞在した農園みたいに、みんなが助け合ってる良い職場だけではなくて、生まれた時から父親が麻薬密輸などのマフィア関係の仕事をしていて、成長すると父と一緒に犯罪に手を染める若者もいる。ボリビアのある都市で教会の中を警察が捜査したら、中には大きな麻薬工場があったという報道もあった。だから、ボリビア人みんなが清く貧しく美しい生活を送っているわけではない。

 

 

今日は僕が滞在した南米ボリビアの農園で働く農夫の中には、私生児、親がいない人が何人かいたという話を書きました。日本はブログにも書いたように、生まれた時から両親がいるという人が当たり前ですが、ボリビアのような貧乏な国ではそれが当たり前ではないのです。だから、僕はボリビアから日本に帰った時には、まずは両親に25歳(当時の僕の年齢)になるまでちゃんと育ててくれたことを感謝したのです。