- 多賀城駐屯地創設記念行事の観閲行進では、1か月前に自衛隊員になったばかりの新自衛隊員350名を含む自衛隊員が行進をしたが、その時に自衛隊音楽隊が演奏した曲が旧陸軍の「陸軍分列行進曲」だった。
- 僕はかつて旧日本軍の歌詞は全部が暗くてダメだと、同盟国のドイツとイタリアを含む欧米人から批判されたことを記事に書いたが、日本軍の軍歌は天皇と御国のために戦死することを美徳とする歌詞が多いから。一方で欧米の軍歌は、ナチスドイツ軍でも兵士の恋愛を歌っている。
多賀城駐屯地創設記念行事の観閲行進では、1か月前に自衛隊員になったばかりの新自衛隊員350名を含む自衛隊員が行進をしたが、その時に自衛隊音楽隊が演奏した曲が旧陸軍の「陸軍分列行進曲」だった。
4月27日(土)、ゴールデンウィークの最初の日は、仙台市の東部の多賀城にある自衛隊駐屯地の創設70周年記念行事を見に行ってきた。ここは機動部隊と普通科部隊が駐屯しているのだが、新入りの自衛隊員を教育する教育部隊もある。だから、駐屯地内を歩いていると今年の3月、つまり1か月ほど前まではまだ高校生、大学生という新入り隊員もかなりいた。新入り女子隊員60名ほどもいたが、そういう新入り隊員はおしゃれな服を着た一般人の友達と談笑していたりした。やはり、まだ学生気分が抜けてなくて、観閲行進の時の行進でもまだ自衛隊の迷彩服が似合ってないという感じだった。(苦笑)
それで、観閲式と訓練展示が始まるまで1時間以上待ったのだが、恐らく新入り隊員たちが行進の準備をしている数棟あるプレハブの兵舎から、「陸軍分裂行進曲」(元は「扶桑歌」という)の歌を新隊員たちが合唱しているのが聞こえてきた。この曲は旧陸軍の兵隊が行進する時に使用されていた軍歌で、今も陸上自衛隊員が行進する時は使用されているのは知っていたがちょっと驚いた。
これが、僕が多賀城駐屯地の創設70周年記念行事の観閲行進の様子を撮影したものだが、この動画の3分30秒くらいから新入り隊員約350名が所属する教育部隊の行進を見ることが出きる。その時に自衛隊音楽隊が演奏している曲が陸軍分列行進曲である。僕は過去に日本の軍歌と欧米の軍歌の違いについてブログに書いたことがあるが、日本の同盟国だった枢軸国のドイツ、イタリアなどの軍人も含めて欧米人たちは、「日本の軍歌は暗くて全部だめだ。唯一良いのは高木東六が作曲した『空の神兵』くらいだ」と、厳しく非難されたことを書いたことがある。
僕はかつて旧日本軍の歌詞は全部が暗くてダメだと、同盟国のドイツとイタリアを含む欧米人から批判されたことを記事に書いたが、日本軍の軍歌は天皇と御国のために戦死することを美徳とする歌詞が多いから。一方で欧米の軍歌は、ナチスドイツ軍でも兵士の恋愛を歌っている。
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陸軍分列行進曲で問題なのはその歌詞である。「死すべき時は今なるぞ。人に遅れて恥かくな。敵の滅ぶるそれまでは 進めや 進め諸共に 玉散る剣道連れて 死する覚悟で進むべき」これが、この曲のサビ部分の歌詞なのだが、昔の陸海軍のことをあまり知らない今の若い自衛官たちが聞いたら、驚いて自衛隊を辞める人が続出するかもしれない。
基本的に旧陸海軍の軍歌というのは、特に満州事変以後に作られた軍歌は「天皇陛下と日本国のために軍人は喜んで死ぬべき」という歌詞が多くて、戦後の民主主義を守るために戦ってる自衛隊にはあまり合わない歌が多いと思う。昔の軍歌でとても有名な「海ゆかば」からして、「海も山も兵の死体だらけだが その兵の犠牲で天皇陛下は戦に勝って即位することができた」という意味の歌詞であり、天皇陛下のために死ぬことを美徳とする歌詞である。しかも、この軍歌は昭和18年10月に明治神宮外苑で行われた学徒出陣壮行会で演奏された曲であり、その時は当時の東條英機首相が観閲台に立っている。
だから、いくら明治時代以降の伝統といっても、あまり昭和20年までの旧陸海軍の軍歌はあまり今の自衛隊では使ってもらいたくない。戦死を美徳とするような軍歌が多いからである。
これは、軍事マニアで旧陸海軍にも詳しい僕だけが勝手に言ってることではなくて、父の従兄で陸上自衛隊の陸将補にまで昇進した方がいるのだが、そのおじさんと電話で色々と会話をした時には、「そうだね。そういうことは重要だね」と言って頷いていた。