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郡山駐屯地創立記念行事で兵器の前で集合写真を撮る家族

陸上自衛隊 郡山駐屯地 創立70周年記念行事|2023年4月23日(日)|陸自調査団

 

福島県郡山にある自衛隊駐屯地の創立祭に行ってきたが、ここは砲兵部隊がメインなので、戦車、装甲車などの観閲行進はなかった。砲兵主力の155ミリ榴弾砲と対空ミサイルが行進した。

 

 

4月14日(日曜日)は福島県郡山市にある陸上自衛隊郡山駐屯地の創立記念行事があったので、特に観閲行進と訓練展示(模擬戦)を見て動画を撮影するために行ってきた。駐屯地に着いてみると、ここは砲兵がメインの駐屯地であることがわかった。上のポスターは去年の郡山駐屯地創設記念行事のものだが、大砲とミサイルを撃つシーンが映っていて、砲兵がメインの駐屯地だということがわかる。

 

観閲行進と模擬戦でも砲兵部隊が中心だったので、戦車、装甲車などの行進はなかったので行進は5分ちょっとで終わり、模擬戦も大砲と対空ミサイルの砲兵が中心だから最前線で戦う部隊がないので、模擬戦は大砲の射撃で敵兵を制圧して、対空ミサイルの射撃で敵ヘリコプターを撃墜して終わりだったので、模擬戦も10分以内に終わった。もちろん、駐屯地は住宅地の中にあるから大砲とミサイルの射撃は空砲である。

 

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僕は年齢が50歳を越えてるが、僕が若かった30年前は左翼思想が強い時代だったので、自衛隊の存在は違憲だと主張する左翼政治家が多かった。今では自衛隊の兵器の前で子供がピースサインをして家族で記念写真を撮影しているが、右翼思想だけど何か違和感を感じる。

 

 

こちらの動画が郡山駐屯地の創設祭の観閲行進と訓練展示の終わった後に、駐屯地の武器が展示されている様子。ここは砲兵部隊だから155ミリ榴弾砲と対空ミサイルの展示がメインだったが、16式機動戦闘車、指揮装甲車、ヘリコプターなども展示されていた。

 

そこで僕がちょっと違和感を感じたのは、大砲の砲手が座る所に子供が座ってピースサインをしたり、機動戦闘車の車体に子供が座ってピースサインをして、それを親が写真を撮ったりしていることであった。もちろん、自衛官もそれを笑顔で見守っていて、気動戦闘車の車体に小さな子供が座るのを抱っこして助けたりしていた。ヘリコプターの前では家族4人全員がピースサインをしていて、他の人に集合写真を撮ってもらったりしていた。まるで自衛隊の兵器が遊園地の遊具みたいだった。

 

 

別に自衛隊の武器を遊園地の遊具のように見ている家族連れを非難しないけれど、僕の世代は若い頃はまだ戦後を引きずっていたので、武器というと第二次大戦で使用されたというイメージが強い。でも時代が変わったのだろう。

 

 

ここで、僕はかなり考え方が古いかもしれないが、ちょっと違和感を感じた。僕が青春と学生時代を過ごした昭和時代末期から平成時代初期というと、左翼の社会党がかなり強い時代で、国会でいつも「自衛隊は違憲だから廃止にするべきだ。日本は非武装中立を目指すべきだ」などと本気で主張していた時代だった。しかも、そのように主張する左翼議員が衆議院だけでも100人以上もいた。

 

それに、今から30年前の平成初期頃というとまだ戦後50年くらいなので、第二次大戦の終戦末期の悲劇を体験した日本人がかなり生きていて、戦争中は陸軍海軍の将校だった人たちも生きていて、まだ「戦後」「敗戦国」というのを引きずっていた時代だった。だから、武器というと第二次大戦で殺人のために使用された武器のイメージが強くて、僕のような軍事マニアでも本物の武器を見るとちょっと引いてしまう気持ちがあった。

 

それが、今では第二次大戦の敗戦から80年近く経っているとはいえ、自衛隊の創設祭の時にまるで遊園地の遊具のように自衛隊の武器の前でピースサインをしている人、特に若い人が多いというのはちょっと違和感を感じた。恐らく、こんなことを自衛官の方々に言うと笑って、「確かに武器は一つ扱いを間違えば確実に死にますが、そんな怖がらなくてもいいです」と言うだろうけど、昭和40年代に生まれた人間としては、武器の前で微笑んでピースサインをして写真を撮るというのは、ちょっと違和感を感じたのだった。僕が自衛隊の武器の前で写真を撮る時は、ちょっと固いが敬礼のポーズをするだろう。