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日本とドイツの終戦記念日の違い

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5月8日はナチスドイツが降伏をした終戦記念日で、僕はこの日に首都ベルリンに行ったことがあるが別に大きな混乱はなかった。日本の靖国神社のような特別な宗教的な追悼施設はドイツにはないので、混乱は起きないのである。

 

このことについては、かつて一度書いたことがあると思いますが、8月15日が近づくと日本では、
「終戦記念日に靖国神社に首相と閣僚は参拝するのか、それともしないのか?」
などとマスコミが騒ぐので、ちょっとしっかりと書いておこうと思います。
 
 
日本人は、8月15日が何の日かはよく知っているけど、
「5月8日は何の日か?」
と聞かれても、多く人は知らないだろう。この日は、僕の大好きなドイツにとっては、76年前に第二次世界大戦に敗れて無条件降伏をした終戦記念日です。つまり、日本にとっての8月15日になります。僕はこの時期にドイツにいたことがあり、5月8日にベルリンに行ったことがありますが、日本のような戦没者追悼式というようなものは全くやっていませんでした。ただ、やたらと戦勝国であるロシア人の老人の団体が多かったと記憶しています。テレビのニュースでも、
「ロシア、フランスなどでは第二次大戦の勝利を祝う軍事パレードをやっています」
というニュースが流れているだけでした。写真上はドイツのために戦死した兵士を弔う施設である「ノイエ・ヴァッフェ」(新衛兵所)。この施設はベルリン中央部にある。
 
 
ドイツはナチス・ドイツの時代もキリスト教国家だったので、当然ながら、日本が明治時代に天皇陛下を中心に国家神道を新しく作って、靖国神社と護国神社を建立したということはしていない。そして、1945年当時のドイツではヒトラーとその側近たちは、野蛮な無宗教の共産主義者どもと戦った、敬虔なキリスト教徒として死んだことになっていた。だから、今でもドイツの政治家が5月8日に特別に参拝する施設というのはない。あえて挙げるとするならば、「ノイエ・ヴァッフェ」(新衛兵所)が国立の追悼記念所となっている。
 
だが、僕は5月8日にここに行ったが、ドイツ政府の閣僚が来るので警察官が警備に当っているとか、そういうことは一切なかった。代わりに、上にも書いたように、ロシア人の老人がたくさんいて、「ノイエ・ヴァッフェ」の前で集団で記念写真を撮ったりしていた。もちろん、ベルリン攻防戦を戦ったソ連兵とその家族、遺族だったのだろう。
 
 

一方で戦勝国であるフランスでは5月8日を、ロシアでは5月9日を「戦勝記念日」として祝日にしていて、大規模な軍事パレードまで行われる。こんなことを70年以上も続けていては世界が一つにまとまるわけがない。

 


アジアでもヨーロッパでも、いや、世界中で、
「第二次大戦の戦勝国、敗戦国などと言うのはそろそろ止めにして、新しい未来に向けて、より建設的な国家関係を築きましょう」
などと多くの人々が言っているけど、フランスでは5月8日が、ロシアでは5月9日が「対独戦勝記念の日」として休日になっている。そして、軍事パレードが行なわれる。韓国でも8月15日は「光復節」として休日になっている。こんなことをやっていると、いつまで経っても国と国同士の相互理解などあるわけがないだろう。
 
「戦勝記念日」を祝っているということは、その一方で「敗戦記念日」で戦争犠牲者を悼んでいる国があることを忘れないようにしてもらいたい。5月8日と8月15日というのは戦勝国が祖国の英雄だけを讃えるのではなく、日本人、ドイツ人を含めた全ての戦争犠牲者を全世界で悼む日にならなければ、戦争の憎しみを越えた相互理解などあるわけがない。

 

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ドイツ連邦政府の政治家が過去のドイツ人戦没者を追悼するのは、11月第3日曜日の「国民哀悼の日」であり、この日は第一次大戦休戦協定締結の日に由来している。でも、最近では特にドイツの若者の中にはこの日を知らない人もいる。



写真上は「ノイエ・ヴァッヘ」の中に置かれている彫刻。この彫刻作品は彫刻家ケーテ・コルヴィッツが、第一次世界大戦で死んだ息子ペーターをイメージして作った1937年の作品「ピエタ(死んだ息子を抱き抱える母親)」の拡大レプリカ。

 

ドイツ連邦大統領と国防大臣がここを訪問して、過去にドイツのために戦死した兵士を弔うのは、第二次世界大戦の終戦の日である5月8日ではなくて、11月の第3日曜日の「国民哀悼の日」である。これは、第一次世界大戦の休戦協定が結ばれた日に由来しており、イギリスなどでもこの日を「戦没者追悼記念日」にしている。しかし、最近では特にドイツの若者は「国民哀悼の日」がいつなのかを知らず、また、「ナチス党の私兵」とドイツ政府が位置づけている親衛隊は追悼の対象になってない。ドイツでもナチスドイツが敗戦した5月8日に、一部のネオナチ団体が集会を開くようだが、あまり大きな混乱になったことは聞いたことがない。

 

詳しいことは、「国民哀悼の日」のウィキペディアの説明に書いてある。

 

ja.wikipedia.org