Deutschland-Lab

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過去にクリスマスについて書いた記事。

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今日はクリスマスの日ですが、ちょっと忙しいので過去にドイツのクリスマスについて書いた記事を再アップします。これらの記事を書いたのはコロナ禍の前期の頃ですから、まだ読んでない人も多いと思いますから。

 

まず、僕はドイツに詳しいといっても特にナチスドイツ軍の歴史に詳しいので、クリスマスといえば1944年12月16日から行われたドイツ軍最後の大攻勢と言われている「バルジ大作戦」について過去に何度か書いたことがある。この作戦はドイツ軍側の名前は[Wacht am Rhein]「ラインの守り作戦」と呼ばれている。下がまとめの記事。

 

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記事の見出しに写っているM4シャーマン戦車は、実際に僕がバルジ大作戦で激戦があったベルギーのバストーニュに2012年10月に行って、町の中心部で写真を撮影した。この戦車はバストーニュの戦いで最初に破壊された米軍側の戦車だという。この町を包囲したドイツ第5装甲軍の司令官は、12月22日にアメリカ軍に降伏を勧めたが、アメリカ第101空挺師団を指揮していたマコリーコフ准将は[Nuts!]「ふざけるな!」の一言で拒否した。後に101空挺師団は第二次大戦の軍人の中で今でもアメリカ人から最高の英雄と言われている、猛将パットン中将の率いる第3軍によって救出された。この様子は1970年にアカデミー作品賞、主演男優賞などの主要7部門を独占した映画「パットン大戦車軍団」に描かれている。

 

 

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次に紹介する記事は、1996年12月26日にドイツのベルリンを兄と一緒に訪れた時のこと。日本人にはわからなかったのだが、ヨーロッパのキリスト教国家ではクリスマス休みは26日までであり、26日は両替所が開いていると誤解していた僕と兄は兄が前回にドイツ旅行した時に所持していた30マルクしか持っていなかった。当時はまだユーロが導入される前であり、ヨーロッパ各国は違った通貨を使っていて、ドイツではマルクが使用されていた。

 

それで、兄が持っていた33マルクだけを持ってベルリンのテーゲル空港に着いたのだが、タクシーの乗り場に行くと運転士さんたちから、テーゲル空港から僕らが泊まる予定の旧東ベルリン地区にあるフォーラムホテルまでは行けないと言われてしまった。でも、僕らのタクシーの運転士だった30歳くらいの金髪の女性運転士は30マルクを越えた時点でタクシーのメーターを倒してくれて、フォーラムホテルの玄関まで乗り付けてくれて、笑って「30マルクちょうだい」と言ったのだった。とても優しい人だった。